

武蔵野御殿の跡 / 姫路城
姫路城の三の丸エリアには、かつて「武蔵野御殿」と呼ばれる御殿がありました。この御殿は、1617年(元和3年)に伊勢桑名から姫路に転封した本多忠政が、息子の忠刻とその妻である千姫の新婚夫婦のために建てた下屋敷です。「武蔵野御殿」という名称は、千姫が長年住み親しんだ江戸の武蔵野の風情を表すため、襖絵にすすきの画をあしらったことに由来するとされています。 現在、武蔵野御殿の跡地には、庭園の一部として整然とした石垣が残っています。この石垣は、庭園を彩る庭石として当時の最先端技術を用いて積まれたもので、姫路城内でも他に類を見ない優美な趣を持っています。発掘調査によれば、現在地上に見える部分は全体の一部で、往時の地表は現在より1~2メートル低かったことが確認されています。 このように、武蔵野御殿は千姫と忠刻の新婚生活の場として建てられ、その跡地には当時の庭園文化や建築技術の一端をうかがわせる遺構が残されています。
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