

観智院 / 東寺
観智院は、東寺真言宗の別格本山であり、東寺の塔頭寺院の一つです。その起源は、鎌倉時代に後宇多法皇が東寺の寺僧の住まいを計画したことに始まり、南北朝時代の延文4年(1359年)頃に学僧・杲宝によって創建されました。杲宝の弟子である賢宝は、山科の安祥寺から五大虚空蔵菩薩像を移し、本尊として安置しました。これらの像は現在、重要文化財に指定されています。 観智院は、東寺の勧学院として多くの学僧を輩出し、密教の聖教類を1万5千件以上も収集・保存するなど、真言宗の教学の中心として重要な役割を果たしてきました。江戸時代には、東寺のみならず真言宗全体の勧学院と位置づけられていました。 境内には、慶長10年(1605年)に再建された国宝の客殿があります。この客殿は、桃山時代の典型的な書院造りの建築で、内部には二刀流の剣豪として知られる宮本武蔵が筆を執ったとされる「鷲の図」や「竹林の図」の襖絵が飾られています。 庭園も見どころの一つで、客殿の前庭には「長者の庭」と呼ばれる枯山水庭園があります。この庭は、真言宗立教開宗1200年の事業として2017年に作庭されたもので、隠岐島の赤松を植樹した築山や切石の石橋が特徴的です。また、室町時代に作庭されたと伝わる「四方正面の庭」もあり、河の流れを栗石で表現し、「長者の庭」へと繋がっています。さらに、茶室「楓泉観」の露地庭や坪庭もあり、訪れる人々に静寂と美を提供しています。
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